【学校蔵詳細レポート】

「学校蔵プロジェクト」
日本で一番夕日がきれいな小学校で造る酒

●はじめに

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 日本で一番大きな離島、佐渡島。この島の両翼と真野湾を見下ろすことが出来る小高い丘に、『学校蔵』と呼ばれる場所があります。“日本で一番夕日がきれいな小学校”と謳われながらも2010年に廃校となった旧・西三川小学校です。尾畑酒造は、この場所を酒造りの場として再生させる「学校蔵プロジェクト」を2014年にスタートさせました。
 ここで進めるのは「お酒造り」を中心とした、「学び」「交流」「環境」の4本柱の事業です。目指すのは、佐渡だからこその酒造り。そして酒造りを通して、百年の後も元気な地域創りに関わっていきたいと考えています。

●四宝和醸で醸す酒〜真野鶴

 尾畑酒造は1892年創業以来、「真野鶴」というお酒をつくっています。
 この蔵では10月から3月までの仕込み期間中、完全泊まり込みという、今では珍しくなった伝統の酒づくりを続けております。

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 お酒造りのモットーは、「四宝和醸」。日本酒造りの三大要素と言われる米、水、人に、生産地である佐渡を加え、“四つの宝の和をもって醸す”、その理念を言葉にしたものです。まず「米」作りですが、佐渡では朱鷺が暮らす環境を守るため、減農薬・減化学肥料の米栽培が進められています。私たちの契約農家である佐渡相田ライスファーミングでは、これらの要素を厳格に規定した「朱鷺と暮らす郷づくり」認証米制度に則って酒米を栽培し、さらに、佐渡の特産物である牡蠣の殻を用いた牡蠣殻農法という手法によりミネラルたっぷりな水を使うことで健康な米を育てています。次に仕込みに使う「水」は、小佐渡山脈からの雪解け水です。軟水のため、柔らかい酒に仕上がります。造り手の「人」は、40代の杜氏と20〜30代の蔵人という若手に恵まれています。当社の造りは新しい酒米や酵母を取り入れたり、品質向上のためのパスとライザー(瓶燗機)や膜脱気装置等を取り入れるなど、挑戦的な側面も多いです。
 四つ目の要素「佐渡」は朱鷺に象徴されるように自然豊かな島。文化的にも貴族文化、江戸文化、上方文化が流れ込み、海に囲まれているが故に独自の融合を遂げた島です。面積は東京23区の約1.4倍、人口6万弱。自然環境、文化も合わせて「日本の縮図」と言われます。同時に少子化、高齢化、人口減少、産業の衰退など、日本が抱える課題をも集約している島であります。
 この島で佐渡ならではの酒造りを追い求める私たちは、2014年、新しいプロジェクトをスタートさせることになります。それが「学校蔵プロジェクト」です。

●廃校を酒蔵に再生

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“日本で一番夕日がきれいな小学校”〜そう謳われながらも少子化の波に逆らえず2010年に廃校となった旧・西三川小学校が、私たちのプロジェクトの舞台です。
 この学校が廃校になることが決まった当時、日本酒業界は長く低迷期が続いていました。しかし、校舎が立つ丘の上からどこまでも続く美しい空と日本一の夕日が沈む海を見た時、我々は「やらねばならぬ」という熱い衝動に突き動かされました。この場所をなんとか残したい。そして廃校を酒蔵として再生させることを決断しました。
 廃校後4年の準備期間を経て、2014年5月『学校蔵プロジェクト』はスタートしました。ここでは夏場に小ロットで行う酒造りを基本としています(免許の関係でリキュール表記となります)。材料はオール佐渡産。初年度はタンク2本、翌年〜2016年はタンク4本の仕込みを行っており、今後徐々に増やしていく予定です。学校ではこの「酒造り」を中心に、「学び」「環境」「交流」の4つの柱でプロジェクトを進めています。
 「学び」ではタンク1本の仕込みに対して1チーム、酒造りを学びたい人を約一週間という期間で受け入れるカリキュラムを行っています。一週間という長い期間、学校蔵に通ってもらうことによって酒造りに触れてもらうわけですが、同時に空き時間には生産地である佐渡に触れてもらうことも可能です。長期滞在によって酒造りと佐渡のコアな伝道師が誕生することを期待しています。
 次の柱が「環境」です。オール佐渡産の酒づくりを目指すため、お酒づくりのエネルギーも佐渡産にしよう。そんな思いから太陽光パネルを敷いて佐渡の太陽の力をお酒づくりに導入しております。この取り組みは東京大学サスティナビリティ学連携研究機構(IR3S)と共同研究をしており、今後エネルギーの地域内循環も視野に入れていく予定です。朱鷺が飛んでいる唯一無二の佐渡の自然環境を、お酒を通して「見える化」していくことも大きな目的です。
 「交流」。学校蔵では、芝浦工業大学とのものづくりコラボレーションや佐渡の鼓動アースセレブレーションツアーでの連携、高校生や民間企業の研修視察などの受け入れを行うなど、多くの組織との交流事業を行っています。学校はいろんな人が集まり、交流してこそその場所。その真価が現れるのが、毎年6月に開催している『学校蔵の特別授業』という一日限りのワークショップです。

●未来を変える「学校蔵の特別授業」

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 毎年一度、6月に開催している「学校蔵の特別授業」とは、外部から有識者を先生としてお招きし、島内外、いろんな世代、いろんな立場の人が集まって授業スタイルで学ぶワークショップです。大テーマは「佐渡から考える島国ニッポンの未来」。課題先進地である日本の縮図・佐渡で何かの解決策が見いだせたなら、日本のいろんな地域で応用できるのではないか?それがこのテーマを選んだ理由です。
 初年度の2014年は、藻谷浩介さん(日本総合研究所主席研究員、『デフレの正体』『里山資本主義』など)を中心に、社会起業家として活躍する若手を先生としてお招きして行いました。参加者は島内外より約40名。熱血授業は大好評となりました。  第二回、2015年は藻谷浩介さんに加えて、玄田有史さん(東京大学社会科学研究所教授。「ニート」「希望学」)を先生としてお迎えし、「島と多様性」「地方の希望」を課題として授業を行いました。参加者は80名。この年から佐渡の高校生が参加するようになり、授業は双方向のライブ感溢れる内容になっていきました。
 三回目となる2016年は藻谷浩介さん、玄田有史さんに加えて出口治明さん(ライフネット生命保険会長兼CEO)が教壇に立って下さり、「世界とつながる」「地方で起業」をテーマに実施致しました。佐渡の高校生もこの年は参加するだけではなく、「僕たちが考える佐渡の未来」についてグループ発表を行い、また佐渡で実際に起業に取り組む3名から3分間ずつスピーチを行ってもらうなど、さらに活発な意見交換が交わされました。
 特別ゲストとしてアメリカから二人の生徒も参加。彼らは実は弊社のアメリカの代理店の方々で、学校蔵にお酒造りを学びに来るというタイミングを特別授業に合わせてもらったのです。なぜかというと、島の若い人達と交流してもらう機会にしたかったから。地方で過ごす若者にとって、得てして世界は手の届かない遠いものだと感じるものです。しかし、本当は決して遠いものではなく、すぐそばにある。どんなところにいても、世界とつながることが出来るという実感を持ってほしいという狙いがありました。
 第三回目の参加者はおよそ100人。高校生から73歳、佐渡、新潟、東京、和歌山、青森、アメリカという多地域からの参加。そして高校生、地元の人、メディア、大学教授、大企業の役員さんと非常に多様な人たちが生徒として集まり、木造の教室の中でひとつの問題を語り合いました。
 そうやって授業を行うと、小さな化学反応がいっぱい起きているのを感じます。化学反応とは、気づきを得て発想が変わることです。発想が変わればアクションが変わります。アクションが変われば未来が変わります。地方の衰退が叫ばれていますが、それはあくまでも「このままだと」の未来予想図であり、アクションが変われば未来予想図は変わります。その意味では、学校蔵の特別授業は「未来を変える特別授業」なのです。
 そんな学校蔵の校訓は「幸醸心(こうじょうしん)」と言います。幸せを醸す心を育てる場にしたいと思います。

学校蔵の特別授業2019レポート

●おわりに〜酒造りは地域創り

酒は故郷の語り部です。佐渡が酒を醸し、酒が佐渡を語る。百年の時を越えて酒造りを続ける我々にとって、地域が元気であってこそ、百年の後も酒造りを続けられます。酒造りは地域創りそのものなのです。

*平成28年の特別授業は、(公財)日本離島センターの離島人材育成基金助成事業による助成を受けています。