「ウチとソト〜混ざると変わるニッポンの未来」
学校蔵の特別授業2025

DAY:2025.6.14 現場レポート by たまきゆきこ

 

 今年も「満員御礼」。11回目の・佐渡旧三川小学校「学校蔵」での特別授業。
 10回の節目となった2024年からの一年のあいだに、みなさんの暮らしや生活にはどんな変化がありましたか?回を重ねるということはそれだけ年も積み重なり、社会の変化もさることながらそれぞれにとっての日々の有りようも、暮らし方も、来し方行く末の捉え方も変化があるのは至極当然のことでもあり。
 10回を重ねたあと、2025年のこの特別授業を行うかどうか、平島校長先生も留美子学級委員長も、きっといろんなことを考えられたのだろうな…
《学級委員長・尾畑留美子による特別授業2025ダイジェスト版》  そして11回目。今年のテーマは「ウチとソト〜混ざると変わるニッポンの未来」。
 ニッポンの未来、とはこれまた大きなお話だと思いつつも、私の、そしてあなたの「未来」を思い描けないのであれば、一人ひとりの集合体である社会の未来も描き得ないでしょうし、描かれる未来について、を自分事として捉えることで、未来は次世代が考え対処すべき課題とはせず普遍性を考える必要があるということ。そして、そのためには曖昧な概念ではなく、事象を正しいデータから読み解く力を私たちは身につけていく必要がある、ということ。そんなことを考えつつ、日本でいちばん夕陽が美しく見える小学校だった西三川の木造瓦屋根の校舎の玄関を入りました。スノコのカタンカタンという音とともに下駄箱に外履きを入れる、この動作が何とも言えず。学びの時間のはじまりは、開始のチャイムと同じく五感全体で感じられるものですね。
 今回も、参加する人たちが“なんとなく”判った“つもり”になっている社会事象を客観的に見ようとする力を引き出して下さる(それもアップテンポでどんどん進む)、藻谷浩介さんの1限目からはじまり、「ウチとソト」を日々体感しながらも少しずつ変える、ことを実践されている、3人のムコドノ、COEDOビール・朝霧重治さん、美々卯・江口公浩さん、そして尾畑酒造・平島健さんによる、ムコ(修行!?)のリアルな現場を語り合う2限目、デジタル庁統括官(※役職:開催時点)・村上敬亮さんによる「地方創生はなぜ必要か?」、学校蔵ならではの4限目「生徒総会」と充実の時間となりました。
 動画配信もされている特別授業ですので、そちらをご覧いただくことで当日の様子も、講師の皆さんのお考えもよくわかるのですが… 自分なりに講師の方々のお話を咀嚼しようとしてみた(11回目になっても、やっぱり相当に消化不良ですが)メモです。

2025-5

■1限目 混ぜて変わった日本、混ざると変わる未来  藻谷浩介さん

2025-2 1時間目レポート クイズから入る藻谷理論、は今回も。
 目の前に広がっているのに私たちはあまりに知らな過ぎる(知ろうとしない?)「日本海」、から第1問がスタート。巨大な湖であった日本海は、津軽海峡以外の、今の対馬海峡のあたりが水面上昇によって大河となったことで、湖から海へ。(※形成年代については諸説有り。最後の氷期が終わり宗谷海峡が海水面下に没しほぼ現在の日本の地形となったのは約1万3千年〜1万2千年前とされる。)
 海水が大量に注ぎ込むことで劇的に変化したことがある。それは何か?
 クイズを考えるのに隣同士で話し合って、と藻谷さん。話を聞きに来た、は根本的に間違いで、話をしに来た、がこの授業に参加した意味だと。そして、話を聞いているだけ、という講義の形式が多いということが生産性の低い時間しか生まない、やったふりワークシェア、座ってるだけ会議、これが日本の弱さだと。クイズの本論は勿論興味深いのですが、参加者の様子から課題の本質をスパッと突かれる。これが、藻谷さんの講義の奥深さでもあると思います。
2025-9 1時間目レポート 教室内は一気に話し声が増え、初対面の方同士でも向かい合って話が交わされていきます。
 そして1問目の答えが判る人・・・、お一方からすっと手が上がり、「雪が降るようになった。」 大正解です。
 温かな対馬海流が流れ込むようになった日本海。氷期の終わり、地球全体の地殻変動が落ち着き、ほぼ現在の日本列島のかたちになり、針葉樹林帯は落葉広葉樹の森林へ。季節が生まれ、大量の湿った雪が降り積もる冬でも生き残ることを可能にした画期的な発明があったこと。これが、今日の私たちの来し方行く先とも大きく関わっています。
 それは「土器」の発明。土器が作られたことで、煮炊きを容易にし、広葉樹の堅果類のアク抜き・食用を可能にし、良質なデンプン質の摂取、食物の保存を可能にし、結果として人口が増えた。土器という新たな道具を生み出し、金属を用いる以前であっても石斧で樹木を切り倒し、加工し、冬の大雪にも耐えられるような住居を作ることで、日本人は生き延びてきた。
2025-7 1時間目レポート (注:火、言葉、石・骨・木材など自然物を道具として利用、その次に人類史上の大きな転機の一つが土器の発明。粘土から水の漏れない容器を作り出した土器は、人類が初めて手にした化学変化の産物。食料を煮炊きし、貯蔵することができるようになり、土偶などと共に文様装飾を施すなど芸術性を発露させ人類文化の発展を導いたとされ、土器の発明による歴史的意義は、ここ十数年間の考古学的発見により大きく変わってきた。
 約1万年前に氷河期が終わり、大型獣が滅ぶ。替わりに照葉樹・広葉樹が森林を形成する環境変化に応じて旧石器時代の遊動民が大型獣を追う狩猟中心の生活から、採取した木の実など植物質食料を土器で煮炊きして食するようになり、一定地域に定着的な生活を始めたとされてきたが、近年、炭素14年代測定など研究成果が進み、青森県から出土した無文土器は約1万8千年前との研究成果等もあり、氷河期のなかでも2万年前前後は寒冷期のピークとされ、植物由来の食料は乏しかったとされるなか、土器の発明、初現は氷河期の最中に起きたことになり、それまでの定説であった「暖かくなって堅果類を煮るため土器が作られた」という説は考え直す必要が生じた。1万5千年以前の出土土器年代が得られている中国南部やアムール川流域や日本本州島東部は隔絶した位置にあり、氷河期後半期に多元的に土器が出現した当時の環境は氷河期の針葉樹林であって落葉広葉樹のドングリやクリなどが繁茂する植物相ではなかったとされる。日本列島では、土器を契機として定住化や弓矢が出現し、現代に続く日本の基層をなす縄文文化が形成されていく。その後温暖期を迎え豊かな落葉広葉樹林が広がった東日本においては土器を持つことが最も有効に働いたと考えられ、氷河期末期の1万5千年〜1万2千年前頃、平均気温が6℃程度異なるような2度にわたる急速な温暖化と寒冷化を、土器を用いた煮沸や貯蔵によって乗り切ったとされる。)
 壮大な人類史からの出題は、第2問目へ。
 旧石器時代から比べ大きく人口が増えたとはいえ、縄文時代の日本の人口は30万人程度。この縄文時代の私たち人間の集団生活の基本型とは?
 再び、向かい合って話しを。佐渡の縄文遺跡長者ヶ原遺跡から出土した土器群からは本土側の土器と影響し合ったと考えられる文様などの特徴がある・・・等と思いながら、皆さんのお話を聞くのもまた楽しくて。
  答えは「核家族」。これも手が上がっての正解でした。
  人類10万年の歴史のうちの99%の期間、私たちの生きるかたちの基本は核家族。それが、生き延びるための我々の術であったということ。そして個の単位である核家族同士が、祭り・祭礼といった儀式の時に族長的な存在の者のもとに集い緩やかに連携していた。しかしこうしたかたち、には必然的に起きる問題があり、それを解決するために行ったこととは? が第3問。
 再々の話し合い。だんだんと自然に向かい合うようになっていく教室です。
 3問目も挙手あり、正解! 「血が濃くなる。」
 ここで藻谷さんはチャットGPTを例に出します。コピペを繰り返し学習して いくということは血が濃くなると同義であって、やがて劣化していく、と。
 血が濃くなることによる弊害を回避するため、私たちの祖先が取った方法は、遠く離れた部族との通婚。皆が行く、のではなく一人、もしくは数人が遠くの部族のもとで新しい家族を形成する。それも、女性が行くことが多かったことが遺跡の人骨調査からも判っており、知らない土地、慣れない環境下でも生き延びる力を10万年かけて培ってきたのは女性。
 としたら、男性は?ムコは?! と、2限目の登壇者の皆さんに、藻谷さんからジャブが入ります。続いてボディブローの如くのムコ話第2弾は、上杉鷹山(治憲)。天明の大飢饉にあって米沢藩下では非常食の普及や藩士・農民へ倹約の奨励など対策に努め飢饉を乗り切る、破綻寸前であった藩財政立て直し、学問所を再興させ藩士・農民など身分を問わず学問を学ばせた、等々、多くの功績を残し現代にあってもその言動に学ぶことの多き鷹山もまた、日向高鍋藩(宮崎県)から米沢藩(山形県)にムコ入り。鷹山は上杉景勝の宰相・直江兼続の政策をよく学び実践していたとされます。新潟ゆかりの逸傑たち・・・2限目登壇者のお話に、期待ですね。
 そして、混ぜると変わる、タイトルに近づいていく第4問目のクイズは、最近のDNA研究分析から明らかになった、日本人のルーツは、縄文人?朝鮮系?南方諸島系?中国系?
 お隣同士で話している間、藻谷さんは、因みに、と前置きしつつ、最新の研究成果であるこの問いの答え、生成AIは過去の大量データから多数決で出されるので正解では無かった、と安易に答えを得ようとすることについて指摘が入ります。
 教室からの挙手は「中国系」。
 藻谷さんはここで「言語」についての話を。今日の日本語の文法は中国語やアイヌ語とは全く違っていて、朝鮮語や満州語に近い。そして、アイヌの人のルーツは縄文人とされていること、アイヌの文様とカナダの先住民族のトーテムポールの文様と文土器の文様との類似性へとお話が拡がり、その上で、「日本人は太古から日本に住んでいた人の子孫」だと何となく信じている人がまだいる、と指摘します。
 今、向かい合って話をした人と自分、教室内の皆さんと自分の顔。輪郭もパーツも、それぞれ異なっている。朝鮮・モンゴル、南方、中国南方、白人系(日本海側に多い)・・・バラバラであって、では共通点は何かといえば「日本語を話す」のみ。そして、最新の遺伝子解析研究によれば、縄文人系は1〜2割、朝鮮半島からの流入である弥生人系は2〜3割、古墳時代に流入の中国南方系は5〜6割。この混血が「日本人」。そうでありながら、日本人は縄文人系でも中国南方系でもなく、朝鮮系の言葉である「日本語」を共通言語としている。1500年程前の古墳時代に流入し全体の半数以上を占める中国南方系の言語では無く、なぜ朝鮮系弥生人系の「日本語」が今の我々の共通言語なのか。日本の古墳時代、中国は春秋戦国・三国志の時代。群雄割拠し戦乱の世、中国の人口は半減したとされ、混乱の自国から日本へと多くの人々が流入した。しかしながら彼らは、言語=漢字を持ち込まなかった。文字を知らなかった彼らは、武器、道具の素材としての鉄と、様々な作業に力を発揮する馬を日本に持ち込んだ。この2つの流入が当時の社会生活を激変させ、かつ、これらをうまく取り扱う術を会得し、文字・言語を有していた弥生系の人々が古墳時代にいた。少数派の言語「日本語」は、大量の中国系の人たちの流入をもっても、人々を統制し得る言語として保持され、そして、何故かは不明だが奈良時代に入ると、記紀に代表されるように「日本語」を皆が用い、「単一民族神話」が成立していく。世界で最も多様な種類のDNAが混ざって、そして続いている「日本人」。宗教においても「習合」という概念を発明し、チャンプルーにしてきたのが日本という国、人。であるのに、「日本語」を話すという理由から、単一民族だと思い込み続けている・・・。
 世界各地では、他民族との紛争、戦闘によって、どちらかを滅亡させてきた史実があるのに対し、何故か日本では、最後まで追い詰めることをせずに各々が生き残る道を辿ってきた。混ざることによって、謎の国・日本が成立してきた。世界の端っこ、隅っこであるが故に、混ざり合い、純化してこなかったということ。
 ところがそれを単一民族(優性)であるとする「イメージの専制支配」があるのは何故か。イメージに拘束されている私たちの考え方、を実感する一例として、藻谷さんは、戦後80年の間に治安が良くなっていることを事件数や交通事故数で明示し、また、農産物の国内生産額の実際についてを明らかにしながら、それでもなお、ふーん、へぇー、でやり過ごしてしまっている私たちの「言語空間の支配」の構造を鋭く指摘します。
 長らく鎖国が続いた江戸時代、その後期は日本史上「空気の支配」が臨界点まで高まった時代。単一言語の空間のなかでイメージに支配され、社会が停滞。天明天保の大飢饉が起き多くの人命が失われていっても、人々は社会体制への反旗を飜すこともせず、ただ現状を受け容れていた。それを打ち破る契機となったのは「ペリー来航」、そしてその先駆者としてのジョン万次郎などの言語空間の常識を知る者たち。彼らが混ざることで社会は激変し、発展していった。
 かつて、面白い地方の人は東京に出て、混ざって混ぜて、東京を面白くさせてきた。けれども東京は既に飽和状態。東京という場所の面白さは既に感じられなくなっている。イメージに支配され膠着化した今の日本が、言語空間の支配から、混ざって変わる!ために、では、どうする?
 藻谷さんからの投げかけは
 東京人が大挙して地方を混ぜること、日本好きで日本語も話せる外国人がどんどん流れ込んで世界の空気を日本に混ぜること、そして、女性より適応性の無い男性が婿入りして混ぜること。
 2限目のハードルを更に上げて、チャイムが鳴りました。
 他者を受け容れ、他者を淘汰することを選ばなかった日本の「空気感」。それを曖昧な感覚で共生の思想と都合良く片付けてしまうことの恐ろしさも含めて、地球の大きな地殻変動、気候変動の話から、私たちの来し方行く末を、客観的な根拠と、明からな史実を組み込んでの第1限目、充実の時間でした。 

「学校蔵の特別授業2025」1限目見逃し配信動画はこちらより

  

■2限目 ムコ学

 藻谷さんから、ムコの皆さんの可能性についてのローコンテクストな振りもあっての2限目。
2025-3 2時間目 朝霧さん、江口さん、平島さんのムコ入り先はいずれも、ファミリービジネス、創業一族によって企業経営が行われている会社。1限目で藻谷さんが皆日本語を話すが故に単一民族と思い込んでいる日本の特徴(特殊性)について話されましたが、創業100年を超える老舗ファミリー企業が約2万社以上在り他国の水準を大きく上回っているというのも日本の特徴であり、こうした企業の中には革新的な取組や製品を生み出している会社も多く、海外からの注目も高い。また、CSRという言葉が知られるようになる以前から地域貢献活動等を行い、地域に欠かせない重要な役割を担っている。
 3人のお話の前に、慶應義塾大学SFC研究所所長・総合政策学部教授飯盛義徳さんによる、ファミリービジネスの視点からのお話。飯盛さんは、Business×Owenershipに、×Family が加わる日本のファミリービジネスの特徴として、高い経営成果・長寿性・地域貢献があげられ、信用と伝統と地域貢献がうまく結びつき、これらを支える基にファミリーがあること。ファミリービジネスにおける、婿養子の可能性として、例えば優秀な番頭さんが婿入りする等、資質のある人を選ぶ・同族以外の新しい知や文化の流入・承継における正当性によって、本来イノベーティブな活動無くして守ることが難しい伝統、その2者の相剋を克服することができるということ。学校蔵の取組は地域貢献の際立った事例でもある、など、判りやすく実例を示して頂いてのファミリービジネス論を受け、2限目のテーマ、飯盛先生から纏めていただき・・・と学校蔵の校長でもある平島さんが進行されるかたちで、お三方の自己紹介から。
 江口さんは大阪で「美々卯」というお出汁でいただく“うどんすき”を提供する飲食業の14代目。現在の業態となって今年でちょうど100年、前身の料亭から数えて250余年。どちらかというと安価な食べ物である「うどん」を1935年時点でもお一人1万円程で提供した“プチブル”な業態がイノベーティブということでしょうか、と。さすが、広告代理店勤務からのムコどの。コンパクトでいてインパクトある言葉と写真での自己紹介です。((株)美々卯公式ホームページ: https://www.mimiu.co.jp/about/
加えて、昨日佐渡入りして食べた“寿司&ラーメン”。これこそチャンプルーで、かつ、お出汁を何より大切にする美々卯ゆえに、アゴ(トビウオ)でとったラーメンスープの美味しさに感動、そして北前船が運んだ昆布とアゴで出汁をとる佐渡の食文化は大阪・関西ととても近しいと。さすがです、お出汁の話だけで何時間もいけちゃいそうです。アゴ(トビウオ)で出しをとる食文化は九州が主流、主に暖流域(黒潮・対馬海流)外洋にいるトビウオも、北前船の昆布つながりも、いずれも海・海流と密接に関係していて、藻谷さんのお話ともリンクしていきます。佐渡おけさの源流とされるハンヤ節も九州がルーツ。混ざっている、はここにも、です。
 朝霧さんは埼玉・川越で有機農産物専門商社を承継されているムコどの。岳父が創業に当たって掲げた「農家を幸せにする」との想いを受け継ぎながら、土壌を健全に保つための緑肥として麦を植えるという農法が川越にはあり、麦を農家の方々は土づくりのためと収穫せずに畑に鋤き込んでいたことから、これを使ってビールをつくれないか、とのイノベーティブな発想と行動によりCOEDOビールを立ち上げ、プレミアムクラフトビール製造へ。川越という地ならではの商品として、さつまいもを原材料に使ったビールを生み出すなど、地域と共に在る企業経営を実践。埼玉県観光物産協会の会長としても活躍されていて、地元・ローカルでのことを面白くしたい、そして楽しいこと、面白いと思えることに取り組めると人は成長する、論語の一文を社是としています、と。(COEDOビール公式ホームぺージ:https://coedobrewery.com/pages/history
“知之者不如好之者 好之者不如楽之者“(之これを知しる者ものは之これを好このむ者ものに如しかず/『論語』雍也第六」/物事をただ知識として知っている者は、それを好きになる者には及ばない。)
 農産物の栽培から物流、販売、加工を含め、農産物がお客様に消費されるまでの全過程を農業の一環と捉え、さらには生産、製造工程において生じる廃棄物のリサイクル技術の研究開発など、一次産業とされる農業を出発点とする食のサイクル全てに関わるアグリベンチャーです、と。静かで穏やかな語り口で、さらりと仰る“好き"の根幹の太さ、深さに、最前列で聞いていた佐渡の高校生達はどんなことを想ったのかな。
 平島さんは、学校蔵の校長でもあり、ご自身のムコ経験を話されつつ、朝霧さん、江口さんはどうだったか、を聞き出していかれます。ムコと一口に言っても・・・姓はどうしたか、別の仕事・業界からムコ入り先の企業に入るにあたって大変だったことは、等々。その業界の常識が他からみたら常識ではない、その気付きがあることは今日のテーマ「混ざると変わる」と同義だよね、と。よそ者であったことで得られたことはきっと、お三方ともにご自身のそれまでの常識が大逆転の連続であったが故のリアルなお話なのでしょうね。
 そして平島さんは、ウチ側の方々との軋轢はあったか?と、藻谷さんのクイズより鋭い質問を続けます。あるあるある、いっぱいある。そして、それは今も終わってはいないこと。例えばと江口さんが話されたのは、お客様が大事、という考えに対して、社員・従業員が大事でしょうと。これってめちゃくちゃぶつかりますよね。けれどもそれは、価値観の違いもあるけれど世代の違いもあるし、時代も違う。全部が違っている。そうしたことはソトから来た者の方が気付きやすいし、変えていきやすい。朝霧さんは、息子が家業を継いだ場合はどうしても生まれてからずっとそれが当たり前であったことになり、気付けない方がもしかしたら多いのかもしれない、と。
 経営者として「全体主義」、俯瞰せざるを得ないからこそ、異物が入って起こる小さな波、波動が拡がっていくことが見えていた。ヨソもの、バカもの、若者、が新しいことを生み出していくと実感、実践してきたからこそに、年齢、経験を重ねヨソ、若ではなくなりつつある今、次のヨソ、バカ、若を探す、委ねることを考えるようになっている。
 軋轢、相違、変化、そしてイノベーション。ムコだから、に限らずソトから入ってきた者が向き合わざるを得ない、そしていずれも現在進行形でもあるお三方のお話。自分が入ることでミッシングピースが埋まって一つのかたちができあがった。混ざるというよりも、和えるということ。地域があるから自社もある、故に地域と関わり続けることを、これから先何代も続けていくための今、を考えるということ。そして、「婿道は愛」・・・。経験豊富なお三方の、あるあるあるよね〜のお話、笑い声と頷きと、和やかな雰囲気のなか、纏まりました。
 が、若干、ハイコンテクストなお話でもあったような・・・ 前夜に内々で盃を交わしたときのお話は、なんだかもっとリアルで直球、だったようですよ。(後日漏れ聞いたところによると、ですが)  

「学校蔵の特別授業2025」2限目見逃し配信動画はこちらより

  

■3限目 地方創生はなぜ必要か?

 日本という国、政府という組織のなかで「地方」を考えその「創生」に繋がる政策を組み立て実践するところまで、の中枢で活躍し続けておられる村上さんは、今日は4つのポイント @生産性 A自助と共助 B認証(本人確認)とデジタル CWell-beingについて話を進めます と。論点整理からすっきり明確にお話が始まりました。

2025-4 3時間目

@ 生産性
 「牛乳配達」、村上さんのご友人のご友人の実際のお話から。人口減少が進む地域でより広範囲のエリアと顧客を譲渡された友人の牛乳配達屋さん。お客様の数は増えるも、「サービス密度」(営業密度)は減る一方。それでも、届けてもらう商品を待っている人たちがいるから、今日も配達に行く。同じことは私たちの周りでも顕在化しています。バス路線、病院・医療、学校・・・地方のサービス産業は全て「牛乳配達」と同じ状況にあって、キロ(距離)あたりの利益は下がる。利益が下がれば、給料が下がる。路線バスの運転手さんの給料を維持するために、補助金が投入される。それでも耐えられなくなっている地域ではオンデマンド交通の検討、導入が始まっている。一人当たりの付加価値利益が出ないと、そのサービスに従事する人の給料は上げられない。地域の給与が上がらないのは、地域で提供しているサービスの生産性が上がらないから。
 そして、給与格差からみた東京のイメージに支配されているために、地方からの人口流出が続いているのが地域の現状。

A 自助と共助 点から面へ
 公的サービスに限らず、例えば映画館、スポーツジム、ドラッグストア・・・商圏に必要とされる(利益を確保できる)人口規模・数値からみると、生活に必要なサービスは、ひとつ、またひとつ、と減っていくなか、生産性を維持する方法を考える、これが地方創生のベース。
 殆どの地域はサービス産業が7割を占め、域外から(外貨)のお金を地域に持ってくることができなければ、地域の生産性は上がらない。地方創生の個別の成功事例としては、少しずつ出てきているが、個別の成功事例が地域で生産性を上げる仕組みへ、好循環につなげられなければ、地方創生は成功したとは言えない。
 さらに、生活関連サービス産業を考える際の、思考の補助導線的な物差しとして、「月一」か「週一」か「毎日」か、で当てはめてみると、映画館やショッピングモールなどは「月一」。日用雑貨、定期的な通院や会合などは「週一」、通勤・通学、日々の買い物は「毎日」。車で一時間程度の移動で「月一」サービスを受けられる環境であればサービス提供側と受け手側との関係のなかで成立する。一方、「週一」になってくると厳しい現実が顕在化してくる。
 事例として村上さんが挙げられたのは「紙おむつ」。介護、高齢者用の紙おむつは、コンビニには無い。なぜなら品物がかさばるのに利益率は低く、物流効率が非常に悪い。地方創生を進める上での大きな課題は、実は物流コスト。地域のサービス業はこの物流効率の問題によって、次々に撤退しているのが殆どだと。小さな子供や高齢者がおらず車を保有している家庭であれば、月一導線でも何とかやっていける。しかし、供給サイドからみて週一導線が維持できるかどうか、これが地方創生の一つの「防波堤」。勿論サービス供給サイドでも様々な工夫をした業態は出ており、例えば、チョコザップは1万人商圏、ただし無人営業、であるとか、監視確認カメラ技術の向上による遠隔コンテナボックス型のコインランドリーなどがあるが、週一導線から毎日導線を守ろうとすると、どうしても官民連携という話にならざるを得ない。とはいえ補助金じゃぶじゃぶでは営業努力が無いので、一工夫、二工夫が必要。一例として、北海道のドラックストアチェーン「サツドラ」は道内で1千億円規模の売上げをもつ企業で北海道民ならみんな知っている。とはいえドラックストア業界の競争も熾烈で、ツルハとウェルシア合併で1兆円規模になるような業界でどう経営していくか。道内の7千人規模人口の町へのストア出店に際し、同社ホールディングス企業が開発・運営する地域通貨を使う買い物でその町に寄付がされる仕組みを導入し、行政側は町役場の敷地内に店舗スペースを用意。地域通貨利用により同業他社との差別化を図りつつ固定経費を押さえることで、週一導線を確保。声高にCSRを謳うのでは無く、基本は利益をしっかりと確保するための工夫、努力によるもの。
 自助だけではもう既に、地域のサービスの生産性は維持できないところにきている。だからといって公助では規律も緩んでいる現状では無駄金になることは明らか。故に「共助」の仕組みが必要。けれども、正直に言うと「共助」とは何か、はまだ判らない。自助でもない、公助でもない何かをやらないと地域は維持できなくなる。少なくとも人口1万を割っているようなところではそれが目の前の現実になっている。
 藻谷さんがここで、東京も「週一」導線が無いね、と。村上さんは、生活する上で必要なサービスの提供、維持ができなくなる、共助どうする問題、地方の課題は東京の課題でもある、と続けました。人口増加しているように見える東京でも、その率は外国人を含めても0.2%増程度。近いうちに東京、首都圏も人口減少に転じる。これまでの特別授業のなかでも、介護・福祉サービスの地域課題は、明日の東京の課題であると藻谷さんが客観的数値を示し話されていたこととも重なる議論が展開していきます。

B デジタル化
 人口増加局面の時代から減少局面になり、大きく変わったこととして、供給側が需要側に合わせるサービスの提供。公共交通はオンデマンドへ、労働は雇用者の暮らしの悩みに合わせた労働条件による人材確保策、買い物のデリバリー化、小規模校等で進むオンラインによる探求教育授業、或いは行政手続きも窓口に行く、からオンライン化へ。そしてこれらにはデジタルの活用が不可欠。お客様の事情を先取りし限られた人材を的確に届けるしか生産性をあげる手段は無く、故に地方創生には必ずデジタルの活用が必要。そして、需要者が自分の様々な事情を確実かつオープンにされることなく供給側に届ける必要がある以上、本人確認は必須であり、それがマイナンバーカードという認証制度である、ということ。
 マイナンバーカード導入初期の混乱を思い出しつつ、なぜ必要か、を客観的数値や事象をもとに理解すること、理解されるためのプレゼンを聞く力を持つこと、イメージに支配されないこと、の重要性を改めて思いました。

C Well being 地域経済に足りないもの
 村上さんは、ここからは抽象的な説明になってしまうと前置きされつつ、地域経済に足りないものとして挙げられた3点は、
  企画力=事実上の横のつながり・縦割りを超える力。
  投資マインド・投資資金。
  人・域外協力。
 在宅で最後を迎える人が増えることで日本の医療制度の課題は大きく変わるが、現状は高額医療を受ける高齢者が多く、この分野の医療技術もサービスも増え(需要を伸ばすから当然のこと)、日本における医療費は高止まりしている。では在宅死亡率をあげるためには何が重要か。それは高齢者の外出率を上げるということ。そのためにはどうしても縦割りを打破する仕組みが必要だが、なかなか進んでいない。進まない理由、背景として、昭和の時代にインフラ不足解消のための施策に国も地方自治体も力を注いできたことで、シャンパンタワーの如く予算も人材も平等に配分。もらってきたリソースを公平に分配することについては高い能力の蓄積があるが、選択と集中ができない(言葉では言うが実際には…)という状況があり、行政側のこうした手管に対し議会側も公平性をしっかり見てきた。何か一つにピン留めすることが、非常に苦手。同調圧力と主体性の抑圧が席捲したきた(それを作ってきたのは行政側だけではなく住民側もそうであったことを前提として)地域社会から、多様性と当事者意識をどう醸成していくか=縦割りを超える力、が必要。
 さらに、自分が儲からないのは我慢できても他人が儲かることへの許容範囲が極めて狭い、横並び体質が選択と集中を妨げ、投資マインドも上がらない。そして、何をするにも、人が足りない。この点については、ようやく「ふるさと住民登録制度」が始まり、地域に多様な人が関係性を持てる政策も動き出している。ここで重要になるのは、ビジョンの共有。考え方や手段を揃えようとしがちな地域の取組ではなく、どうしたいか、どうありたいか、を共有し、そこにたどり着くための手段手法、考え方は多様なほど良い。ビジョンをどう共有できるか。
 生産性、共助、デジタル化、そしてビジョンの共有。
 概念的な話になってしまうが、と前置きされつつ、うわべに終わらない地方創生のための3つの提案の最後に、村上さんは、この特別授業に参加しようと集まった時点で、すでにビジョンの共有はあるでしょうから、今日を一つの契機として、2人でも3人でも良いので佐渡を、西三川という地域をどうしたいのかというビジョンを話し合っていただくための一つの参考に、この話が役に立つようであれば嬉しい。と締めくくられました。
 今日があるから明日があります、よね。
 次への一歩を出すのも出さないのも「自分事」。イメージに支配されずに自分が考え、選ぶ明日が、ここから始まります!  

「学校蔵の特別授業2025」3限目見逃し配信動画はこちらより

 

■雑芸員勝手な放課後の落書き

 今回、改めて「混ざる」「まじわる」「和える」ことについて、5人の講師の方々が其々の考えを話して下さいました。藻谷さんも村上さんも、史料に残っているのが男性であるだけであって、異なる地に行くのはそもそも女性が多かったことも含め、異なる地、文化へと身を移していくことで修得してきたであろう柔軟性や許容性、或いは違いを見つける能力について、できれば性差に関係なく、そうした力が地域で活かされることへの可能性に言及されたように思いました。
 民俗学者の赤坂憲雄さんは「異人論序説」(ちくま学芸文庫)のなかで、宗教学や社会学、現代思想などの様々なテクストのなかに「秩序と混沌」「自己と他者」「ウチとソト」といった二元論を見出し、その境界や交わりのなかに豊かな物語を発見しようとしています。赤坂さんは、よそ者性を強く持つ人たちとの話のなかで、とりわけ興味深く印象に残っているのが外から嫁いできた女性たちであって、村社会にあっても嫁いできた人たち(女性が多かったとはいえ、ムコ殿もそうですよね)は「よそ者」であり続け、それは従来論じられてきた“漂白と定住”という対比的な二元論的な単純な図式では語りつくせないグラデーションが地域社会にはある、とも指摘しています。赤坂さんのこの論考が出されたのは1980年代。高度成長の終焉が見えているのに、社会は未だインフラ平等の考えが強かった時代に「境界の人」の可能性について、史実には登場しないであろう地域の多くの方々からのお話を聞くことを礎とした論考です。今はここに、デジタルという仕組みを加えることができる、ということになります。
 以前の特別授業で、出口治明さんが指摘された「クォーター制」のことや、玄田有史さんが言われた「Muddling Through」あるいは「地域に小ネタがある限りその地域は滅びない」、ウスビ・サコさんが見事な京都弁で話された「ローコンテクストな日本の特殊性に気付くこと」――ここに集った時点で、既にビジョンは共有されていますよね、との村上さんの言葉の重さを改めて考えながら。
 第11回を数えた、学校蔵の特別授業。
 また次の回、がどんなかたちであるのか或いはないのか、は今の時点では判りませんが、それでも、希望を込めて、雑芸員・たまき、人類学者ティム・インゴルド氏がある講演で話されたことをここに紹介し、締めくくりとさせていただきます。
― 人々『について』研究するのではなく、人々『とともに』学んでいく姿勢が人類学であって、ともに生きるためには「混ざり合えば混ざり合うほど良い。色々な種の絡まり合い、複雑なものを複雑なまま理解することが大事であって、違いがあるから、一緒になれる。全く同じ経験しか持たない人たちの中に会話は生じない。(そうした人々は)別の考えを持つ人と境界を作り、分断が起こっている。―
 『とともに』学んでいく姿勢が、この学校蔵で続いていくこと、を確信しています。

 

文責:学校雑芸員・たまき ゆきこ
 2025-1