NHK新潟ラジオ「朝の随想」より

第21回  酒をめぐる旅


 もう十年も前になりますが、東京でつとめていた映画会社を退社して佐渡の蔵に戻るまでの間に、長い旅行に出たことがあります。テーマはずばり、“世界の酒を飲む”。


 蔵に戻って日本の酒を扱うのであればこそ、まずは世界の酒を見るべし、という立派な大義名分を掲げ、わずかな退職金をはたいて出掛けました。
 

 カリブ海では強い日差しの下、カリブ生まれのトロピカル・ドリンク「ピニャ・カラーダ」で喉を潤します。白い砂浜と青い海に、ココナッツミルクとパイナップルの風味が良く合い、まさに気分はカリビアン。
 

 秋も深まったドイツのミュンヘンでは、たまたまオクトーバーフェストという世界最大のビール祭りの真っ最中。飲めや歌えやは当たり前、興じてくると椅子の上にのって踊りだすドイツ人の輪の中でとまどいつつも、いつしか気付けば東洋の私も仲間入り。
 

 イギリスのロンドンでは、歴史を感じるパブに立ち寄り、持つのも重たい大ジョッキで本場の、しかし生ぬるいアイリッシュビールをごくごく。周りの人の真似をしつつオーダーを繰り返しましたが、何故かビールばかり。イギリス人がパブでは何も食べないのだと判明した三時間後には空腹でヘトヘトでした。    
 

 フランスではあまたあるワイナリーをふらりと訪ね歩きました。一面に広がるぶどう畑からは土と湿った葉っぱの奥深い香りを感じます。「ぶどうの品種もいろいろあって、この辺がカベルネ、あっちがメルローで、その種類によって味が変わるんだよ」なんて薀蓄を聞き流しつつ、こっそりぶどうの粒を味見したりの毎日でした。
 

 日本酒に地酒と言われるものがあるように、ビールなら修道院などで作られてきた個性溢れる地ビール、ワインならブティック・ワインと呼ばれる小さなワイナリーの地ワインがたくさんあります。
 

 どこの国のそれらのお酒も、実は多くは日本でも入手可能な時代です。いえ、日本でそれらのおいしさを体験したからこそ、本場での味を期待して行ったと言えます。
 

 一つ一つの酒が生まれた土地で頂く味は、日本で頂く味よりも何故かさらにおいしく感じます。名前も知らない安いテーブルワインも、その土地の自然環境の下、地元の食材で頂くと格別の味わいになるものです。
 

 酒をめぐる旅。終着駅は新潟。季節は秋。紅葉をながめながら、潮の香りを感じつつ、海の幸、山の幸とともに頂く新潟の酒。長い旅の間、私の心の中で恋焦がれていた酒の味もまた、格別なものでした。
 

2006・8・24 NHKラジオ「朝の随想」
真野鶴醸造元・尾畑酒造株式会社
尾畑留美子