NHK新潟ラジオ「朝の随想」より

第19回  バランスと個性


 たまに「一番良い酒を教えて」と言われることがあります。
 

 そういう時はいつも、一瞬答えるのに躊躇してしまいます。その方が何に「良い酒」の基準を置いているかを考えてしまうからです。価格の高いもの、有名なもの、などなど、人によって「良い酒」に含む意味が異なります。
 

 では、「良い酒」ってなんだろう、というと、お客様が払って頂く金額に相応する価値を認めて下さるのが良い酒。これがまずは模範的な答えになるかと思います。
 

 次に私の中での「良い酒」の定義。それは「バランスの良い酒」です。例えば、香りがとても強くてボリューム感を感じても、飲んだ時にその香りとのバランスが取れていない薄い味わいだと何かおかしい。その一方で香りは控えめで、飲み口がすっと通る酒。あるいは重厚で飲み応えのある酒。そんな酒は均衡が取れていて飲みやすい。いろいろタイプはありますが、香りや味わい、喉越しを含めて、その酒一本のバランスが良いことが「良い酒」の大事な要素だと思います。

 
 それでは、そんなバランスの取れた「良い酒」が何本も並んだら?今度はそれぞれの個性が引き立ってきます。新潟には現在九十七蔵がありますから、その個性も千差万別。上・中・下越・佐渡と地域性も含めて味わいの違いを楽しめます。同じ米、同じ精米歩合で造っても、二つとして同じ酒はありません。九十七の蔵の個性があることで、新潟の酒を懐の深いものにしているのです。
 

 ところで、この「バランスと個性」は人の世界でも同じことが言えないでしょうか?「バランスの取れた」と言っても、酒と同じように、淡麗タイプ、辛口タイプ、芳醇タイプ、濃厚タイプ、いろいろですが。逆に言うと、そんな個性豊かな人たちが集まることで、その場にバランスが生まれるとも言えます。甘口にはピリッと辛味を、熱血には冷静を加味してくれる知人友人の存在は貴重であり、違うタイプが揃うことでバランスが取れることは実生活でも多々あるものです。


 そんなバランスを楽しむためにも、日本酒にしろ人間にしろ、減点主義ではなく、加点主義で長くお付き合いできると良いと思います。特に酒の世界は香りや味わいの表現一つにしてもちょっとした欠点も見逃さない、ある意味でとても自己採点の厳しい世界ですので、違いを楽しむということは酒の可能性を広げるために大事なことだと思います。
 

2006.8.10 NHKラジオ「朝の随想」
真野鶴醸造元・尾畑酒造株式会社
尾畑留美子