NHK新潟ラジオ「朝の随想」より

第17回  蔵の不思議


 古来日本で飲まれてきた日本酒。それを造ってきた蔵には、長い歴史の中で受け継がれてきた数々の習慣やしきたりがあります。蔵に生まれて育ちますと、すべてが当たり前になってしまうのですが、他の人には不思議に思えることも多々あるようです。そんな「蔵の不思議」を少しまとめてみます。


その一、「蔵の軒先の杉の玉」
 造り酒屋の軒先に、大きな丸い杉の玉が吊るされているのを見たことがあるかと思います。
これは別名「酒林」と呼ばれ、江戸時代より使われてきたものです。新酒の時期になると新しい青々とした杉玉を飾り、新酒が出来たことを知らせ、杉の葉が軒下で少しづつ赤みを増す頃には、酒も熟成が進む、という算段です。 
 

その二、「酒の神様とは」
 日本酒の世界にも、西洋におけるバッカスのような酒造りの神様がいます。私たちが「松尾様」と呼ぶ神様です。松尾様は京都嵐山の松尾大社のことで、女性の神様とされています。
 

その三、「蔵は女人禁制」
 古くは酒造りの蔵は女人禁制とされていました。これは、さきほどの酒の神、「松尾様」が女神ということもあり、女性が蔵に入ると松尾様がヤキモチをやくから、と言われてきました。実際のところは、造りの期間は泊まり込みも多く、男性だけの方が統率しやすかったという事情もあるかと思います。
 

その四、「酒造りの間は納豆を食べてはいけない」
 冬になり、蔵人が酒造りを始めると、納豆が食卓から消えます。これは、納豆菌が酒の麹に繁殖すると、その粘質物によってぬめり麹というネバネバした麹になってしまうからです。そのため、蔵では納豆を食べないようにしているのです。
 

 四つほど、古くからの「蔵の不思議」を並べてみました。もっとも、現代においてはその意味が変わってきたり、習慣を続けているだけの場合もあります。
 

 例えば、「杉玉」は今では一年中造り酒屋の目印として飾っているところが多く、また酒の専門店などでもディスプレイとして置いてあるのを見かけることがあると思います。
 

 また、「女人禁制」だった蔵も、最近では女性の杜氏もいますし、女性の蔵人も珍しくない時代になりました。そして「納豆」についても、蔵の環境の変化に伴って、必ずしも納豆菌に汚染されなくなっています。
 

 そうそう、一番大事な「蔵の不思議」を忘れていました。それは透明で美味なる液体「酒」が誕生するまでの、不思議な不思議な醸造微生物の働きです。
 

2006・7・27 NHKラジオ「朝の随想」
真野鶴醸造元・尾畑酒造株式会社
尾畑留美子