NHK新潟ラジオ「朝の随想」より

第13回  「おいしさ」の実感


 先日、新潟市で行なわれたある学会のパネル・ディスカッションに参加する機会がありました。タイトルは「おいしさ」のまちづくり。「おいしさ」が人を変え、社会を変え、地域社会をつくりあげる力を持つのではないか、ということを、新潟を例に活発な意見が交わされました。
 

 出席者は有機米の生産者、味噌醸造、調理士、と新潟の食にぴったりの方々。今、「おいしさ」をテーマに討論が行われることに新鮮さを感じながら、ふと、「おいしさ」ってなんだろう、と素朴な疑問が湧いてきました。そこで皆さんにとっての「おいしさ」を伺ってみると、信頼関係、伝統、旬、技術と心、文化・・・と、実にいろいろな言葉が返ってきます。いざ、言葉で説明しようとすると、一言では言い表せないのが「おいしさ」というもののようです。


 その数日後、たまたま佐渡の農家の方の家に遊びに行く機会があり、思いがけず昼食をご馳走になることになりました。次々と出てくるのは、奥様が精魂込めて育てた野菜料理の数々と手造りの味噌を使った煮物料理、炊き立てのごはんなどです。


 その食卓いっぱいに並んだお皿を見て、息を飲んでしまいました。サラダ菜は見たこともないような厚い葉っぱで歯ごたえ十分。採れたての胡瓜で作ったからし漬けは、胡瓜の新鮮な甘さにぴりっとからしが効いています。秘伝の手造り味噌を隠し味に使った煮物も、佐渡のサザエの磯の香りと山菜の苦味を上手に引き立てています。何よりも、そのごはんのおいしかったことには感動です。
 

 「すべて田んぼと庭にあるもので作っただけのものなんですよ」、という言葉に大きくうなずきながら、「おいしい!」と何度も言葉が出てきます。最初、食べきれないように思えたたくさんの料理は、あっという間にお皿が空いていき、我ながらびっくりしてしまいました。
 

 ご主人に聞いてみると、米も野菜も高価な有機肥料を使い、とても手間をかけて育てたものとのことでした。
 

 私たちは普段の生活の中で、安くて便利なレトルト食品や冷凍食品、食品添加物といったものに囲まれています。安さや便利さを追求するばかりで、「なぜ安いのか」を問うことがありません。子供の頃には普通だった「日本の食卓」が失われつつあることにも、どこか無頓着だったように思います。
 

 でも、都会の真ん中ならいざしらず、ここは食の宝庫、新潟です。本物の旬の味を支えてくれる生産者がたくさんいるのです。
 

 「おいしさ」ってなんだろう。答えは一つではありません。でも、実感しなくてはわからない感動です。大切なのは、「おいしさ」を生産できる環境と、それを感じ取れる感性です。普段、改めて考えたこともない「おいしさ」ですが、これからはたくさん実感していこうと思います。


2006・6・29 NHK ラジオ「朝の随想」
真野鶴醸造元・尾畑酒造株式会社
尾畑留美子