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蔵元日記

 
  2007年11月06日 (火)
映画会社時代の仕事が教えてくれたこと [蔵元寄り道日記]  入力者: 尾畑留美子

東京の大学を卒業して、私はそのまま東京で就職しました。
一応、大手企業と呼ばれるいくつかの会社を受けた後、最後の最後に受けたのが、日本ヘラルド映画という映画会社でした。

実は、佐渡が島には当時も今も映画館がありません(!)。
そのため、私の小学生当時の愛読書は「ロードショー」や「スクリーン」で、いつか映画三昧するんだ、と心に誓ったものでした。
夢叶って大学生になった私が初めて見た映画は、なんとリバイバルの「ベニスに死す」(苦笑)。
あれほど映画映画と思っていたわりに、かなりクラシックなものに魅かれておりました。
その後もいろいろと見てはいましたが、まぁ、普通に映画が好きな女子大生くらいのレベルです。
そんな私が映画会社を受けたって、並みいる映画マニアにはかなうまい、とも思ったのですが、とにかく面接までこぎつけました。
いよいよ面接の始まり。役員たちに囲まれて多少緊張したのですが、
「特技は?」の質問に、「きき酒です!」と答えたら面接部屋は爆笑。
そのまま、きき酒の方法やら、お酒の話であっという間に面接は終了し、1週間後、めでたく合格通知を受け取ったのでありました。

このあたりのことは、NHKラジオ「朝の随想」でも
”映画会社への就職”お話させて頂いておりますので、ご参照下さい。

さて、思いっきりクラシック映画が大好き宣言をした入社した私を待っていたのは、ハリウッド大作を宣伝する部署でありました。
文句を言う立場ではなかったので、夢中に動くばかりの日々。
映画の宣伝というのは、ひとつとしてルーティーンのものはなく、
また、何本もの映画を同時に抱えつつ、一本が三か月タームで進んでいくので、仕掛けることも千差万別でした。
大作になれば、日本からジャーナリストを連れて撮影現場に取材に行ったり、あるいは披露試写会に合わせてアメリカから監督や俳優陣が来日することもあります。
そんなことが重なれば毎日最終電車で帰ることになるのですが、
そうじゃなければ毎晩飲み歩いていたような気もしますから、
結局遅くにならないと帰らなかったということですね。

蔵に戻って、映画会社とお酒の仕事の共通点を聞かれることがありますが、ひとつだけはっきりしているのは、「正解のない仕事」「終わりのない仕事」ということでしょうか。
何もしなければ、何も動かない。決まったやり方もありません。
データで評価の決まるものでもない嗜好品ですから、
正しい答えもありません。
でも、そこがいいんですね。きっと。

映画会社にいた当時は、とても素敵な先輩や上司に恵まれていました。いろんな失敗もよくしでかしましたが、そんな時にも上司は嫌な顔せず、「謝りに一緒に行って下さい」という私にご機嫌な様子で付いてきてくれました。
落ち込む私にも、「尾畑さぁ、何もしなきゃ失敗もしないんだよ。
おまえ、何かやろうとしたからこうなったんだろ?いいじゃない。」とやたら嬉しそうな顔で励ましてくれました。
そんなことが何度あったでしょう。

今でも、当時の先輩たちにはたまに会っています。
今の私があるのは、間違いなくあの映画会社時代の経験があるからだと
思います。

(尾畑留美子)


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「子供の頃の夢」
(新潟日報夕刊「晴雨計」2007年9月26日掲載)

 子供の頃、佐渡島に居ながらにして世界を見せてくれる番組「兼高かおる世界の旅」が大好きでした。そんな影響もあってか、小学生の頃の将来の夢は、兼高さんのように世界を紹介するジャーナリストになることでした。
 月日が経って大学に進学した私は、ジャーナリストとは程遠い「日本酒研究会」なるサークルに身を置くこととなりました。蔵元の生まれであると知った先輩一同に誘われるがまま入会したのですが、大学二年で初挑戦した全国のきき酒大会で特別賞を頂いたりと、なかなかの”蔵子”ぶりに本人もまんざら悪い気もせず、そのまま日本酒漬の四年間を過ごしていました。
 にもかかわらず、大学を卒業すると私は、洋画配給会社に就職しました。広い世界の異文化体験ができる映画の世界が好きだったのです。その後およそ7年間、主にハリウッド映画の宣伝の仕事で充実した毎日を送っていました。
 しかし、その時は突然やってきました。「蔵へ戻ろう」。なぜか頭の中が子供の頃に遊んだ蔵のことで一杯になってしまったのです。
 その時の決断をなんと言っていいのやら。「責任感」かと問われることも多かったですが、正直なところ、「本能」と答える方が正しいと感じます。
 後先考えず、とはまさに当時の状況。時はチューハイ人気の中、日本酒も作れば売れる時代はとっくに去っていました。「なんとかなる」という根拠のない自信だけ持っていたような気がします。
 そして蔵に戻って時が経ち、多少なりとも海外にもお酒を出すようになり、今、あらためて子供の頃に憧れた兼高かおるさんのことを思います。当時、日本人の海外渡航がそれほど自由でなかった時代、着物に身を包み、美しい日本語を話す兼高さんは、世界を私たちに紹介しながら、実は世界に日本を紹介していたのだと。
 広い世界と小さかった私の接点は、あの時旅番組から始まって、映画を経て今また日本酒という文化を通じてつながっています。子供の頃の夢は思わぬ形に進んでいますが、当時の気持は変わらず続いているのです。(終)


 
 
  2007年11月05日 (月)
蔵に生まれて  [佐渡の蔵元日記]  入力者: 尾畑留美子

いよいよ、酒造りの季節が本格的に始まりました。
年々、暖冬になっていく中、去年などは12月になっても、なかなか師走の感じがなくあっという間にお正月を迎えてしまった感がありました。それでも蔵にいると、ひんやりした蔵の中で緊張した空気が張り詰めているので、冬だな・・・と感じます。
当社の蔵は、とても古くて小さくて、お世辞にも使いやすいとは言えない環境です。なのですが、そんな手造り感がいいのだ、と言ってくれる蔵人たちが毎年お酒を造っています。造りが始まると、杜氏をはじめ何人かが蔵に泊まり込み、仕込みが終わるまで毎夜数時間おきに起きては酒の様子を見るという生活が始まります。よく、赤ちゃんを見るように、子供を育てるように、という言葉を使うことがありますが、実際、生きている酒たちを育むのはそのような心境なのかと思います。

この小さな蔵で、私は子供の頃よく遊んでいました。
もっと大人になってから、女人禁制などという言葉を覚えましたが、
なにせ蔵の子供は女の子が二人でしたし、田舎で他に行く場所もなかったこともあるのでしょうが、私のお気に入りの場所だったのです。

相変わらずの小さくて古い蔵で、今日もお酒が育っています。
今年初の「しぼりたて生酒」は、11月15日頃に準備が整う予定です。

(尾畑留美子)

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「蔵に生まれて」
(新潟日報夕刊「晴雨計」2007年9月19日掲載)

 私は佐渡の造り酒屋の二女として生まれました。家はいつもほんのりとお酒の香りに満ちていて、小さな時から父が晩酌で飲む盃の中の透明に照る日本酒に興味津津でした。
 そんな子供の頃の遊び場は、酒を造る「蔵」の中でした。夏も冬もひんやりした蔵の中で、何をするわけでもないのですが、一人であちこち探検していました。ずらりと並んだ大きなお酒のタンクや神棚。それらが暗い空間の中で神妙な威厳を保っていて、子供心にも「神聖な場所」なんだと感じたものです。
 冬の仕込みが始まると、早朝から子供部屋に響く酒米の蒸しあがる音で目が覚めました。白い息を吐きながら急いで蔵に行くと、杜氏が蒸しあがった酒米を丸めて私にひょいと渡してくれます。杜氏がもう一つ米を丸めて自分の口に入れるのを待って、私もぱくりと口に入れます。硬くて特別おいしいものではないのですが、大事な作業に参加して偉くなったような気分になったものです。
 また別の日には、蔵人たちが蒸しあがった米を広げて、粉のようなものをふりかけるのを飽きもせずに眺めました。この粉は、酒造りに大切な「麹菌」です。麹菌は多くは米の表面に落ち、いくらかは空中に舞い、ふわふわ飛んでいきます。
 蔵には「蔵付き」と呼ばれる、長い歴史の中でその蔵に住みついた蔵独特の「麹菌」や「酵母」がいるといいます。酒造りの季節のたびに、そんな見えない生き物たちが、蔵の柱の陰からひょっこり顔を出してくるような気がしたものです。
 その麹菌や酵母の働きで、しばらくすると酒の発酵が始まり、タンクの中の表面では泡がプクプクとふくらみます。杜氏や蔵人の真剣な顔をよそに、お酒のいい香りを追いかけて蔵の中を駆け回っていました。
 その蔵は今もほとんど当時のままです。昔はあんなに大きく感じたのが嘘のように、小さくて古い空間。でも、この蔵に一歩入ると、子供の頃と同じ空気を感じます。
 蔵に生まれて---私の原風景はここにあるのだと思います。(終)

 
 
  2007年11月03日 (土)
旅する地酒〜ロンドンIWC受賞式に参加 [旅する地酒]  入力者: 尾畑留美子
9月のお話です。古い話で恐縮です。
(何せ始めたばかりなのに、お話したいことは結構たまっておりまして、しばらくは時系列がばらばらになりそうです。お許しを。)

今年の9月、ロンドンに行ってまいりました。
世界最大のワイン品評会、IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)の受賞式に参加するためです。
この品評会は世界中から9000を超えるワインが出展され、ワイン・マスターらが審査することなので権威のあるコンテストとして知られています。そのコンテストに今年から日本酒部門が新設されるとあって、春頃から新聞やテレビでも紹介されていました。
初年度の今年は全国から228点の日本酒が出品されました。
そしてその審査結果が発表されたのが、忘れもしない5月22日の
ことです。
その日、私は海外から帰国して、成田から新潟まで戻り、ひとつ会合に出てやっと帰社したところでした。
ホッとしてイスに座ったとたん、一本の電話が鳴りました。
それが「真野鶴・万穂」金賞受賞の一報だったのです。
全国で11蔵が金賞受賞、新潟では唯一の受賞でした。

それから夏を超え、秋を迎え、受賞酒を抱えてロンドンに行ってきたのでした。このばたばたの顛末や珍道中については、またの機会として、受賞式の様子に下記のエッセーに書きましたので、ご覧ください。

(尾畑留美子)

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「万穂(まほ)、ロンドンに行く」
(新潟日報夕刊「晴雨計」 2007年10月10日夕刊より)

 9月12日、霧の都ロンドンには珍しい快晴の一日。この日、世界最大のワイン品評会、インターナショナル・ワイン・チャレンジの受賞パーティが開催され、出席してきました。
 当日の主役は各国でメダルを受賞したワイン、シャンパン、そして日本酒です。私も木箱にうやうやしく鎮座した金メダル受賞酒「真野鶴・万穂」を日本から連れていっての参加です。
 午後7時、会場の老舗ホテルに到着。広間には、世界各国から集まったワイン関係者約750人がシャンパン片手にタキシード、ドレス姿で、まるで映画のシーンのようです。日本からは新潟、広島、神戸などの9蔵元、現地の邦人関係者を含め、20人。こちらは少し緊張した面持ちで、着慣れぬ羽織袴・着物に身を包んでの登場です。
 午後8時、ディナー開始の合図とともに、みな自分のテーブルに着席します。卓上はシャンデリアの光を反射するグラスとシャンパン、ワインが宝石のごとく輝いています。その宝石箱の真ん中に、日本から連れていった酒を静かにおいて、おもむろにワイングラスに注ぎ、「日本酒で乾杯!」
 万穂、ロンドン・デビューの瞬間です。
 コース仕立てで進んでいく料理とともに、各地の受賞酒をみんなで試していきます。どれも個性的で味わい深く、国際的な舞台に引けを取らない存在感を見せています。
 実はこの「万穂」の名は、私が12年前に蔵に戻った時のベテラン杜氏、松井氏のお名前。杜氏が醸す酒同様、稲穂が満ちるような味わい深い響きが大好きで、いつかこの名前を使わせてもらおうと大事に温めていたものでした。
 今回、その名を付けた酒が見事に金メダルを受賞。世界各国のワイン関係者に囲まれて、「万穂」はどんな気分だったのだろうと思います。
 今秋、この酒の英国への出荷が始まります。貴重な国際舞台を経験させてもらった「万穂」が、ロンドンで元気に活躍する姿を願うばかりの私でした。(終)


 
四宝和醸(しほうわじょう) [佐渡の蔵元日記]  入力者: 尾畑留美子

今年の8月から10月までの3か月間、新潟日報という新聞の
夕刊で、週に一回、エッセーを書かせて頂いてました。
新聞記事自体は「蔵元便り」の中の「晴雨計」のコーナーで
ご紹介していますが、この蔵元日記「酒逢話冗」の”酒話酒々々”では
短い文章の中に納まりきらなかったその背景などご紹介して
いきたいと思います。

ところで、今日は当社の家紋は「四つ目」についてです。
このデザインは、いくつかのお酒のラベルにも使用しています。
このデザインにFour Diamondsと名付けたのはいつのことだったか。
そして、そこに和の名前を付けることになり、生まれたのが
「四宝和醸」という言葉だったのです・・・。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「四宝和醸(しほうわじょう)」
(新潟日報夕刊「晴雨計」2007年8月1日掲載)

 明治時代初期のころ、佐渡島には200場以上の造り酒屋が
あったそうです。現在は6場となったこの島の造り酒屋の一つが、
旧真野町にある私の家。小さな蔵ですが、36歳の杜氏を筆頭に、
冬の仕込み期間は昔ながらの蔵人泊まりこみで手造りの酒を
醸し続けています。
 酒を醸すのに大事な要素としてよく言われるのが、「米」「水」
「人」。「米」はいわずと知れた原料であり、「水」は仕込みで
使用する蔵の地下から湧き出る井戸水、「人」は杜氏をはじめとする
技術者。これらすべてがすぐれていることで素晴らしい日本酒が
造られます。
 私の蔵では、この三大要素にプラスして、良い「米」「水」を
育むために重要である「自然」を加え、四つの宝の和をもって醸す、
「四宝和醸」という言葉を作って酒造りのモットーとしています。
「四宝和醸」とは、これら四つの宝を、何かを犠牲にしたり、
どれかに頼ったりするのではなく、最高のレベルでバランスを整え、
和して醸すという意味です。
 この言葉は、人生をより良いものとするためのキーワードとしても、
多くのヒントを含んでいると思います。一つ目の宝は「自分」、
二つ目は人生の「パートナー」。三つ目は「親類縁者」、そして
四つ目は「友人知人」。そんなふうに考えたら?
 多くの方に支えられて今の自分があることを知り、数多(あまた)
の縁(えにし)を大切にして和やかに人生を醸していけば、その
人生はきっと幸多いものとなるに違いありません。
 わが家の家紋「四つ目」にも重なる、四つの宝の和をもって醸す
「四宝和醸」の心。”より良い酒”を醸すにあたり、そして”より
良い人生”を醸すにあたり、ともに大切に心に留めていけば、
必ずや極上の一滴を生み出すことと思います。(終)

Our symbol, "Four Diamonds"

 
 
  2007年11月02日 (金)
蔵元・尾畑留美子プロフィール(2012年3月更新) [蔵元・尾畑留美子プロフィール]  入力者: 尾畑留美子
こんにちは。「真野鶴」の蔵元、尾畑留美子です。

最新のプロフィールは【こちら】をご覧下さいませ。

(プロフィール:2012年3月更新)
「五代目留美子の蔵元日記」は2011年3月にアメブロにお引っ越ししております。

◆尾畑酒造「真野鶴」ストーリー動画〜日本語◆
◆Obata Shuzo MANOTSURU story movie◆
●プロフィール●
佐渡の旧真野町の尾畑酒造の二女として生まれる。
佐渡高校、慶応大学法学部卒業。
大学二年在学中に、「全国きき酒大会」にて初登場ながら首位にわずか二点差の好成績に急きょ設定された特別賞を受賞。
大学卒業後は、東京に残り日本ヘラルド映画(現・角川映画)の宣伝部に所属。
ハリウッド映画「氷の微笑」「レオン」などの宣伝プロデュースを担当。
1995年、角川書店「Tokyo Walker」編集者(現:弊社社長)と結婚。
72日間、酒を巡る世界半周の旅を決行して、蔵に戻る。
現在、尾畑酒造・専務取締役。二女の母。
真野鶴は米・水・人、そして佐渡の四つの宝の和を持って醸す「四宝和醸」をモットーとする酒造り。
英国の「インターナショナル・ワイン・チャレンジ日本酒部門」ゴールドメダル受賞に輝き国際的にも評価を頂く「旅する地酒」に思いを乗せて、佐渡から日本酒と故郷の魅力を世界に発信すべく活動中。
(誕生日:10月25日 血液型:O型)

●現在までの主な委員活動他について

1999〜2001年NHK新潟番組審議委員
2001〜2003年新潟日報紙面審議委員
2007年〜  テレビ新潟番組審議委員
2007年〜 新潟県観光復興戦略会議委員
2008年6月〜 経済産業省「地域資源活用事業計画」事業者に認定
2009年1月〜 新潟県公立大学法人評価委員会委員
2009年2月〜 佐渡市文化振興懇談会委員
2009年3月〜 (財)にいがた産業創造機構(NICO)企画運営委員
2009年夏 「尾畑農園・旬ちゃん野菜通信」開始
2009年秋〜 国際大学・フィリップ須貝教授のマーケティング・クラスにてSAKEプロジェクト実施
2010年1月 世界で初めてのショコラ・リキュール開発プロジェクト・リーダー
2010年6月〜日本酒交流推進活動「ファースト酒プログラム」開始
2010年7月〜日本酒造組合中央会需要開発委員
2010年11月〜新潟商工会議所国際貿易委員会委員
2010年11月〜農水省食料・農業・農村政策審議会臨時委員
2011年1月〜新潟県立図書館「本のコラム」コラムニスト
2011年3月〜新潟県夢おこし政策プラン評価委員
その他

●自己紹介●
保育園児の頃大好きだったのが、テレビ番組の「兼高かおる世界の旅」。
島国にいたからでしょう、居ながらにして世界を見せてくれるこの番組が大好きで、小学校卒業時の将来の夢は、兼高さんのようなジャーナリストになることでした。
それがなぜか大学では法学部に進み、大学卒業後は洋画の配給宣伝をする映画会社に入社し、ハリウッド映画を中心に楽しいながらも悪戦苦闘の宣伝マン生活がはじまりました。
なぜ映画なのか?
実は、佐渡には映画館がなかった(今もない)のですが、子供の頃映画雑誌を読むのが大好きで、大学生になって東京に行って一番最初にしたことが「映画館で映画を観る」ことだったくらい、ちょっと特別の思い入れがありました。
全然詳しくはなかったですが。
今思うと、島で育ったために、世界中の文化に触れることに憧れたのかもしれません。旅番組を通して、映画を通して。

月日は流れ、蔵で生まれた私は蔵に戻り、お酒の仕事をしています。
ここ数年は日本国内だけでなく、海外にもお酒を出すようになって、
改めて感じることがあります。

旅番組でさっそうと世界中を私たちに見せてくれた兼高さんは、同時に世界中に日本を紹介してくれていたのだと。

同様に、この地で育まれた地酒を届けるということは、酒文化、ひいては日本やお酒が生まれた新潟・佐渡の地を知ってもらうことでもあります。

”旅する地酒”が故郷を語る。

さらに、そんな旅物語を通して、私たちは誇るべき故郷の素晴らしさを再認識していくのです。

       
●ファーストSAKEプログラム●
今、SAKEは世界中で人気なのをご存じですか?
社会人となり、国際人となると日本酒に接する機会が増えてきます。
せっかくなら、日本酒の正しい基本知識を身につけてもっと活用してもらいたい。
そう考え、ビジネスや社交の場での日本酒交流を促進すべく、
「ファーストSAKEプログラム」を進めています。
(写真は2010年10月北京での試飲会にて)

この目的は二つ。

【1】国際舞台で活躍する日本のリーダーの皆さまに、正しい日本酒の基本知識と“愛される蘊蓄”をビジネス交流の場で活用してもらうこと。
【2】次代を担う若い世代の皆さまに楽しい日本酒との出逢いを創出し、国酒・日本酒文化に親しみと誇りを持ってもらうこと。

そのために、「やさしい日本酒講座」や企業向けの酒セミナー、大学生へのアンケート調査や日本酒初心者向けのティスティング・セミナー、デザイン考察などを実施しています。

(また、日本酒への入り口として、世界ではじめての日本酒ベースのショコラ・リキュールを2010年1月に発売)

「ファーストSAKEプログラム」の「ファースト」は“初体験(First time)”であり、同時に“最上(First class)”の交流を演出する意味でもあるのです。

“Brewing JAPAN”

日本が世界に誇るSAKEの魅力を楽しく学んで、国際交流、ビジネス・シーン、そしてあなたの食環境に役立てて頂ければ幸いです。

●創立120周年に向けて●
尾畑酒造は1892年創業。
もうすぐ120周年を迎えます。
そのための特別商品やイベントはもちろんなのですが、
この記念すべき節目をきっかけに、私ども自身、新しい試みを
スタートすべく準備をはじめています。
小さなスタートかもしれませんが、お酒の未来と佐渡の未来に、少しでもお役に立てる結果を生むことが出来れば幸い。
グローバルな市場を考えれば、島の欠点は長所にもなりえます。
“佐渡でも出来ること”から“佐渡だから出来ること”に。
いつか子供たちの「小さなお手本」になれるようにと願っています。

《参考エッセー》
「蔵に生まれて」
「憧れの人」
 
●セミナー等の活動●
2008年8月18日 新潟女子短期大学国際研究概論研修にてミニ講和
2008年9月17日 日本新聞協会国際委員会にて
       「佐渡から世界へ。
         インターナショナルワインとしての日本酒」
2008年9月29日 新潟市商工会議所常議委員会にて
       「おいしいお酒のなぜ?で学ぶ
         国際酒としての新潟地酒の魅力」
2008年11月7日 新潟県私立中学高等学校協会事務長研修会にて講演
2009年2月16日 (財)地域総合整備財団(ふるさと財団)にて講演
       「国際酒、日本酒の魅力ときき酒体験プログラム」
2009年6月3日 佐渡真野中学校にて職業講和
2009年9月5日 首都圏佐渡経済人連合会にて「旅する地酒」講演
2009年10月10月 新潟県立図書館ホールにてトークショー
       「酒とワインが奏でるNIIGATA交響曲」
       (カーブドッチ落社長と協演)
2009年10月〜 国際大学にてマーケティング調査研究共同プロジェクト
2009年11月12日 新潟県立図書館にて「やさしい日本酒サロン@」
        ”はじめましての日本酒と簡単おつまみ”
        ゲスト:中島有香さん(料理研究家)
2009年11月21日 新潟市内にて「酒談議」酒食イベント
2009年11月28日29日 東京・表参道Rinイベントスペースにて
        「日本の伝統文化のリアル」
        華硝(江戸切子)&辻与製陶所(有田焼)と共に
日本酒とチーズのマリアージュを添えて
2009年12月15日 新潟県立図書館にて「やさしい日本酒サロンA」
        ”温度と器で楽しむ日本酒”
        ゲスト:玉川基行さん(玉川堂七代目当主)
2010年2月6日  「やさしい日本酒サロンB」
        ”新潟キュイジーヌで日本酒とワインを楽しむ会”
        県立図書館友の会主催、カーブドッチとやのにて。
2010年2月8日  「銀座新潟塾」トキ×ミツバチ応援プロジェクト
        尾畑酒造の酒づくりの講演
2010年 4月17日 東京コラボセミナー&ネスパス静香庵にて酒ディナー
2010年5月14日 東京イタリア文化会館・GoDaiGroup exhibitionにて
        レセプション・プロモーション
2010年5月15日 東京Tedd X Tokyoにてレセプション・プロモーション
2010年6月10日 NTT葉月会講演&日本酒セミナー
2010年7月6日  青陵大学顧客満足論講座にて特別講義
2010年7月15日 慶応大学三田会120美酒会
2010年10月22日 新潟県立大学にて「地域環境学」客員講師
     および「国際地域研究学会・第一回研究大会」パネルディスカッション講師
2010年12月5日 北区三田会にて講演&酒セミナー「“地酒の旅”と“愛される日本酒薀蓄講座”」
2011年1月26日 東京ベイコート倶楽部にて「真野鶴の酒の会」
2011年2月 日本酒造組合中央会にて「Lily」女子大生向け日本酒セミナ―
2011年4月19日 新潟日報社主催「新潟ブランチ同友会」にて「蔵元と地域づくり」講演
2012年3月9日 FOODEX JAPANのFOODEX ステージにて日本酒セミナー


《映画会社勤務時代の記事》
1991年2月22日号「an an」“女の仕事カタログ”
1992年3月26日号「Hanako」“粋な広報の女性たち”
1994年12月「翼の王国」”歌は世につれ、旅につれ”
その他

《蔵元帰郷後の記事》
●パブリシティの実際の記事一覧はこちら
1998年12月「CARREL」“キャレルインタビュー”
2003年4月16日17日「新潟日報」”海渡るSAKE”連載
2003年6月8日「新潟日報」”新潟国際情報大学10周年記念記事”
2004年1月6日「日本経済新聞・新潟版」”挑むー新潟からの飛躍”
2004年8月「VENTURE LINK」”挑戦の軌跡”
2005年3月3日「新潟日報」”心豊かな暮らしをたのしむ”
2006年7月「日本政策投資銀行DBJournal」”地域新発見”
2006年11月「新潟バイタリティー」”営業力”
2006年12月「ジェトロセンサー」”小さな蔵元の熱い市場創造”
2007年1月1「新潟バイタリティー」”新潟の挑戦!”
2007年6月「JTBおいしい新潟」”新潟の酒”
2007年11月「オーナーズ・アイ」”トレンド企業”
2008年1月15日「新潟日報」”新潟蔵元探訪”
2008年12月9日シンガポールの新聞「MY PAPER」
2009年1月15日「新潟文化」(新潟日報社発行)〜文化耕想〜
2009年1月NETT(ほくとう総研発行)
2009年1月アメリカのワイン雑誌「Wine & Spirits」
2010年1月26日読売新聞
2010年3月「知の本」
2010年5月「NICO press」
2010年6月「dancyu」
2010年8月18日朝日新聞
2010年9月「Komachi」
2011年1月新潟県立図書館「本のコラム」
2011年1月30日発刊「日本の百年企業」(朝日新聞出版社)
2011年2月15日発刊「SANKEI EXPRESS」
2011年2月24日発行「Los Angeles Times」
2011年4月「地域開発」(財団法人日本地域開発センター発刊)
●すべてのパブリシティ記事一覧はこちら

その他

《ラジオ出演》
2006年4月〜9月「NHK新潟ラジオ・朝の随想」全26回連続出演
2006年4月27日「FM-NIIGATA」
2008年3月1日「FM-PORT」”遠藤麻理のライフステーション」
2008年3月7,14,21,28日「FM−NIIGATA」”リーダーズ・トーク”


《エッセー》
2007年8月〜10月「新潟日報夕刊」”晴雨計”全14話



 

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